[NY観光]ヒップホップカルチャー誕生の地『1520 SEDGWICK AVE.』

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ニューヨークのガイドブックにはヤンキースタジアム[Yankee Stadium]くらいしか載ってないが、ヒップホップカルチャーにとって重要な地であるブロンクス[Bronx]。

70年代にはブロンクスの小さなムーブメントだったヒップホップは、今やミュージックチャートのメインストリームとなった。

そんなヒップホップカルチャーはどこでどのように誕生したのか。

この記事ではヒップホップが誕生したブロンクスにある公営住宅『1520セジウィック・アヴェニュー[1520 SEDGWICK AVE.]』を紹介。

『1520 SEDGWICK AVE.』の場所

最寄駅は緑の4ライン「マウント・イーデン・アヴェニュー駅[Mt Eden Av Station]」

ここからハーレム川[Harlem River]に向かい15分くらい歩く。

途中の街並み。

この辺は白人をよく見かけた。

この階段を降りたらセジウィック・アベニュー[Sedgwick Ave]

セジウィック・アベニューの歩道はこんな感じ。

バスケのストリートコート。

平日昼間のため誰もいなかった。

ワシントン橋[Washington Bridge]が見えてきたらもうすぐ。

ここがヒップホップ誕生の地『1520セジウィック・アヴェニュー[1520 SEDGWICK AVE.]』

2017年6月、「セジウィック・アヴェニュー[Sedgwick Av]」は正式に「ヒップホップ大通り[Hip Hop Blvd]」と命名され、標識が設置された。

すべてはここから始まった

ヒップホップカルチャー誕生の瞬間

ジャマイカから家族で移民としてニューヨークに移住してきたDJクール・ハーク[DJ Kool Herc]ことクライヴ・キャンベル[Clive Campbell]は、妹が新しい服を買うお金を稼ぐために企画したパーティーでDJを頼まれた。

1973年8月11日、ハークは自身が住む『1520セジウィック・アヴェニュー[1520 SEDGWICK AVE.]』のレクリエーションルームに父親のサウンドシステムを設置してパーティーを始めた。

貧しくクラブに行けない若者たちは今までに聞いたことのない大音量に驚きパーティーは大成功。

このハークの妹が企画したパーティーがヒップホップカルチャー誕生の瞬間であり、パーティーが開催された1973年8月11日はヒップホップカルチャーの誕生日とされる。

DJ Kool HercのDJスタイル

DJクール・ハーク[DJ Kool Herc]は曲中で客が一番盛り上がるのは途中のドラムだけの短いパート(ブレイク)であることに気づき、同じレコード2枚を使いブレイクを延々とかけつづけた。

ハークの回す終わらないブレイクでダンサーたちは一晩中踊り狂っていたそうだ。

1973年8月11日に『1520セジウィック・アヴェニュー[1520 SEDGWICK AVE.]』で開催されたはハークの妹の企画したパーティーは「ブレイクビーツ[BreakBeats]」誕生の瞬間でもある。

このパーティーをきっかけにハークは毎月パーティを開催。

客はどんどん増え公営住宅のレクリエーションルームから公園でのブロックパーティーそしてクラブへと規模がどんどん大きくなった。

これがヒップホップカルチャーすべての始まり。

1520 SEDGWICK AVE.
[Addres] 1520 Sedgwick Ave.